懐かしのLA~SFの旅(2)

LAでの日々は毎日が刺激的で、まるでハリウッド映画やMVの中に自分が入ってしまったような感覚だった。

地元のホームパーティーに酒を持ってみんなで突撃したり、夜な夜な自転車で走り回って朝まで遊び散らかしたり、とにかくやりたい放題の生活だった。

だから、ちょっとだけ何にもしない時間が欲しくなって、昼間はソファーで一日中ぐだぐだするような日もあった。

クラちゃんは毎日のように活発に外に出て遊んでたけど、オレは正直なところパーティー続きの生活に少し疲れてしまってたんだ。

 

そんな時期に「どうせ時間もあるんだし、サンフランシスコまで行ってみようか。」って話になった。

 

オレは以前にも行ったことがあったし、その時にも泊めてもらってお世話になった日本人のおばあちゃん(通称:マミーさん)がいたから試しに電話してみたんだ。

 

「マミー?元気?実は今、LAに来ててさ。

せっかくアメリカに来てるから、ちょっとだけそっちに行こうと思うんだけど、またマミーの家に泊めてくれる?」

 

そしたら、

「何も気にしないで気をつけて来なさい。」って。

 

そうして、俺たちのサンフランシスコ行きが決まった。

 

 

 

サンフランシスコまではバスで向かったんだけど、同じバスに日本人みたいなアジア人が乗ってた。

身なりも綺麗だし、きっと日本人だと思って声をかけたらまさかの中国人だった、それまであまり中国に対していいイメージを持ってなかったオレは、彼がすごくいい笑顔で自分の旅のことやサンフランシスコに行く目的とかを話してくれて、それまで持ってた中国人に対してのおかしな考え方を改めさせられた。

どの国にだって、良い人もいれば、悪い人もいるんだ。

テレビやニュースが作りだしたイメージをそのまま真に受けて判断するような、そんな自分の無知さに気付かされるような出来事だった。

 

 

サンフランシスコに到着してからは、ちょっとぶらぶらしてからマミーさんとコリーさんの家に向かったんだ。

久しぶりに会ったマミーはちょっと体調を崩してて、元々の細い体がさらに少し痩せて見えた。

そんな状態にもかかわらず、突然連絡した俺たちを快く家に泊めてくれて温かい食事とベッドを用意して待っててくれた。

 

俺たちはサンフランシスコで観光したり、マミーから昔の話を聞かせてもらったりして短い時間だったけど、ゆっくりした時間を過ごした。

昔、まだ売れる前の日本の某大物俳優がマミーの家に泊まっていった話や、横須賀の米軍基地周辺で過ごした若い頃の話なんかを聞かせてもらった。

マミーは本当にいい人で、オレは初めて行った時からめちゃめちゃ可愛がってもらってたからアメリカのおばあちゃんって感じだった。

 

 

サンフランシスコは坂の街で有名で、山の斜面に家々が建ち並んでいる。

一度行ったことのある人なら分かると思うけど、坂道に車が綺麗に止まったりしてるのはサンフランシスコならではって感じがするし、サイドブレーキが壊れてたら大変なことになりそうな急傾斜の道もかなりある。

もちろんヒッピー文化の発祥の地だから、全身タイダイ柄の服を着た幸せそうなおばちゃんや、壁一面の極彩色のグラフィティなんかも確かにすごいんだけど、街並みもヨーロッパみたいな建物が並んでて本当に開拓民が作ったのか!?ってくらいに綺麗だし、歩いてるだけで本当に楽しい所だ。

LAと違って朝晩はそれなりに冷えるけど、朝は空気が澄んでて気持ちいいし、遊びに行くなら最高に楽しい時間を過ごせる街だと思う。

ゴールデンゲートブリッジや、アルカトラズ刑務所、フィッシャーマンズワーフなんかも超有名だけど、中でもオレはヘイトストリートが好きで、道沿いに建ち並ぶオシャレなショップを見ながら歩くのは楽しかったな。

 

 

マミーの体調のこともあったからそんなに長くは居られないなってことで、3日後くらいにはまたバスでLAに戻ったんだけど、最後の日はバス停の近くまで見送りに来てくれてコリーさんと一緒に手を振ってくれてた。

 

オレは、もしかしたらこれがマミーに会えるのは最後になるかも。とか思って、ちょっと泣きそうになりながら一生懸命に手を振って頭を下げた。

 

マミー。

本当に本当にありがとうございました。

続く

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