懐かしのLA~SFの旅(1)

2014年2月18日

オレは当時、MEGALO MANIAで一緒に活動していた”CLIMB”ことクラちゃんと一ヶ月間のLA行きを決め、成田空港を飛び立った。

 

まだ22歳だったオレと一つ年下のクラちゃんは、一緒にHIPHOPをやってたこともあり「LAに行けるぜー!」「カリフォルニアでCalifornia Loveが聴けるぜー!」って感じで興奮して航空券を取った。

現地にクラちゃんの同級生のトミタって奴が住んでたこともあって、行くって決めた時はまだ不安なんてしてなかった。

でも、いざ飛行機が滑走路から飛び立ってしまうとそれはそれなりに追い詰められた気分にもなるもので、LAまでの10時間くらいのフライトの中、「英語も話せないのに一ヶ月も本当に大丈夫か?」とか、「治安とか実際のとこはどうなんだ?」とか徐々に不安を感じるようになってた。

正直これから向かう先で何が待ってるのか期待と不安でいっぱいだった。

 

実はその前にも二度アメリカには行った事があったんだけど、その時は知り合いの店の買い付けに”着いて行った”だけだったから自分で航空券を取ったり現地の情報を調べたりはしてこなかったんだよね。

だからこの旅は自分の足で立って歩いた最初の旅だった。

 

 

LAXの空港からは電車でも行けたんだけど、田舎者のオレは乗り換えとかにびびってとりあえずタクシーに乗り込んだ。

トミタの住んでるノースハリウッドまでは割と遠くてタクシーだとそれなりの金額がかかってしまったんだけど、若い俺たちの目には車窓からの景色がキラキラ輝いて見えてた。

 

当時、トミタはまだ学生で向こうの友達と3人くらいでルームシェアして暮らしてた。

そんな彼らは、日本から転がり込んできた俺たちを快く仲間に迎えてくれた。

本当にあったかい奴らだったよ。

 

トミタに自転車を買うことを強烈に勧められて、翌日は何よりもまず自転車を買いに行ったんだよな。その店で一番安い自転車を3台買って、3人で爆走して帰ったっけ。

 

LAでは、電車に自転車のまま乗れるし、バスはフロント部分に自転車が積めるようになってて、どこに行くにしても自転車が一番便利だった。もちろん盗難もやばいから鍵は絶対に必要だったけどね。

公共道路でもちゃんと自転車に権利があって車と同様に扱われてた気がする。

 

ある時、バスに自転車を積んで乗り込んだら、オレのチンチクリンの頭を見て運転手の黒人のおばちゃんが「なんでお前はドレッドなんだ!アジア人だろ?」って言ってきた。

自分でも何でなのかすぐに答えられずにめっちゃ悲しくて惨めな気持ちになったな。

確かにオレは日本人なのにHIPHOPが好きで、格好まで真似して遂にはアメリカにまで来てしまった。

「好きだからだよ!」とも言えずに、日本人って何だ?とか、日本人がやる”HIPHOP”って何だ?とか色々と考えるきっかけになった出来事だった。

日本では絶対に言われないようなことを平気で直球でぶつけてくるからね。

あれはかなり痛かったな。

 

トミタたちの部屋にはセーフっていうオレの二つ下のヨルダン人が一緒に住んでて、そいつがめっちゃいい奴でさ。トミタがいない時には飯に連れてってくれたり、簡単な英語を教えてくれたりしてた。

 

彼には友達が沢山いて、その中にはアラブの国王の親戚?とかって奴もいた。

そいつの部屋に一度だけ遊びに行ったことがあったんだけど、洗濯物とか洗い物とかでかなり散らかってた。

そいつは「週に2回は掃除の人が来るから散らかしてても大丈夫だよ」とか言ってて、いわゆる”住む世界が違う”ってやつに人生で初めて会った気がした。

いいマンションに住んで、高級車を乗りまわして、新型のプレステ4でゲームしてた。

プレステ4もまだ日本で発売したかしてないか?ってぐらいの時期だったから、実物はそいつの家で初めて見たんだけど、散らかった部屋のでかいテレビでゲームしてる金持ちの構図はちょっと面白かったかな。

そいつの誕生日に招待されてクラブのVIP席で一緒に乾杯したこともあったっけ。

オレは金もなかったからVIP席から降りてきてセーフと一緒にバーカンで死ぬほど強い酒にストロー刺して飲んで踊ってた。

いろんな経験をさせてもらった。

みんな元気かな。

 

ある日のこと、近所の売人の知り合いが部屋に入って来てああだこうだ言ってた。その時は、流石にちょっとびびったけど、そいつもラッパーでビート流して一緒にフリースタイルしたらちょっと驚いてた。日本人が日本語でラップするから何言ってるか分からねえけど、とりあえずいいじゃんみたいな。

当時、MEGALOのCDも持って行ってたから、渡したらすげえ喜んでくれてた。

 

毎週パーティーがあったし、毎日誰かしらが来て一緒に遊んでたな。

本当に最高の日々だった。

続く。

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