日曜日の昼下がり。

日常

皆さん。

日曜日をいかがお過ごしでしょうか。

我が家では、息子のよだれ攻撃を受けるごくごく平和な日曜日を過ごしてます。

先週までタイに行ってて、家族に会えない数日を送ってたんだけど、

こうして家に帰ってくると、なんでもない平凡な時間がすごく尊い時間に感じたりするんだよね。

旅ブログとは言ってるものの、普段の日々の生活があってこその旅や冒険だと思ってます。

海外とかに出て刺激を受けて帰ってくる分、日本にいて当たり前に出来ている暮らしに改めて感謝することが出来るのかな。と思ってます。

 

 

海外に出ると日本は恵まれてるっていつも思う。

そうは言っても、最近の日本はちょっとひどい。

物価が上がっても給料は上がらないし、税金は上がったのに社会保障は減らされて、その上で海外には無制限に金をバラまく日本政府。

完全にぶっ壊れてしまってます。

いきすぎた”働かざる者 食うべからず”の精神で、働けど働けど 我が暮らしは楽にならず、

このまま何もしなければ、ただ普通に暮らしていくことも難しい状態になっていくんだろうね。

そんな社会不安の影響からなのか、世の中はさらにおかしな方向に向かってる気がするんですが、皆はどう感じてるんだろうか。

 

俺たちの人間社会って、基本的には”共生”や”共存”の社会だと思ってます。

着てる服も食べる物も住んでる所もどこかの誰かに用意してもらってるわけで、一人一人がその大きな共生の輪の中の一部として日々を暮らしてるんだよね。

そこを蔑ろにして、自分だけが良ければいいって考えが蔓延しちゃってるんじゃないかなって。

人が人を想えなくなれば、社会システムなんて機能しなくなるのは、最初から大前提にある話で、大昔の人間達は家族や村単位でお互いに協力することの意味を自然に理解してたんだと思うんだ。

このおっちゃんは家を建てれるし、あそこのおばちゃんは服を作れる。みたいなさ。

今の俺たちは、気持ちや心の繋がりよりも目の前の損得だけで動いてしまってるんじゃないかなって。

“拝金主義”って金を拝むって書くんだよね。

そこには神様やご先祖様とか目に見えない力の存在って考え方はもう無いんだよね。

お金が神様だからね。

何でも金を払えば済むわけじゃないのに人生は金が全てだと思ってしまって、一億総人口みんな詐欺師やペテン師みたいになってしまったんじゃないかな。

現に何か物を作って社会に提供出来る人間が、何も作らずに右から左に金を動かしてるだけの人間よりも収入が低いなんてことが起こってるわけだ。

とは言え、俺たちはお金がないと生きていけない資本主義の構造の中にいるわけで、額に汗して働かないと明日の食べ物にもありつけない。

多くの矛盾を孕んでしまう話ではあるんだけど、せめて自分の心の中だけは利害や損得に支配されずに生きていきたいもんです。

みんな一人で生きてるようで、今日も見えない誰かに生かされてる。

そんな当たり前のことを忘れないように、

一人一人にリスペクトを持ってこの世界を生きていきたいよね。

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